今、高学年以上の生徒は「不思議の国のアリス」を読んでいます。
言わずと知れた名作ですが、アニメや映画では見たことがある程度で、
読んだことがある子どもは意外と少ないと感じます。
中高生が読書に時間を費やす時間が先進国の中でも低いと言われる日本ですが、
小学校ではそこそこ皆読んでいるというような話も聞きます。
ただ、そこに浮かび上がってくる疑問は、
「何を読んでいるのか?」ということです。
もちろん何を読んでもいいと思うのですが、
最低限、「時代を超えて世界中で読み継がれ、残ってきた作品」と
いう本は読んでおいてもらいたいと考えています。
だから私たちからは、「これだけは読んでおいてほしい」という本を
選んで、子どもたちに渡していきます。
そして「ただ読み進めていく」のではなく、
「読み深めていく」ことをします。
さらっと一読しただけでは、
自分で何が理解できていて、理解できていないのか、
全くわかりません。
でも立ち止まって読んでは考え、読んでは考えを繰り返していると、
最初の一読では、いかに「わかったつもり」になっていたかということに気付かされます。
疑問を感じることも多くなってきます。いつの間にか考えることが増えてくるわけです。
そして自分の本の中にどんどん書き込んでもいきます。
これも実は海外ではごくごく当たり前に行われている行為で、
やってみると分かるのですが、
「登場人物や著者と絡み合って対話して踏み込んでいく」ためには、不可欠な行為です。
「分かったつもり」になっていたことを自分自身が気付いていく。
他の人の意見も聞き入れながら、自分自信の考えをまとめていく。
この作業には、ものすごく時間がかかるし、
スピード最優先の今の時代には明らかに効率が悪く見えるでしょう。
実際に大変な労力がかかります。
でも書く力や思考力、想像力、表現力、主体性・・・すべての土台になるのは、
「読む力」だと思います。
それをすっ飛ばしての「先取り学習」「スピード」「暗記」は、
後々の人生に「わかったつもり」や「知ったふり」という悪習慣や、
「自分には関係ない」「できることだけやってたらいい」というやる気のなさを
運んでくるのではないかという懸念も私の中にはあります。
そしてそれは、本当に子どもたちの未来を手助けしてくれることになるのか
大きな疑問です。
深い読書、侮るなかれ。