おかあさん、あのね

子育て

先日、探し物をしていたら、長女(現在25歳)が小学1年生のときの初めての連絡帳がたまたま出てきた。

平成12年6月20日。記念すべき第1日目。

「おかあさん、あのね。
あさがおのつるが、どんどんおおきくなったよ。
はやくはながさくといいな。たのしみにまっているよ。」

私からの返事。

「きれいなあさがおがさくといいね。
そのときはおしえてね。
あしたもたのしいいちにちにしようね。」

そこから最低でも2年生までは、こうして毎日毎日、
親子のやりとりが続いた。
もちろん、よほどの出来事でない限り、
今はもう忘れてしまったのだけれど、
それが毎日毎日積み重なっての今、つまりは「子どもの未来を育てる」のだ。

先生は基本的には認印だけなのだけれど、
たとえば上の娘の文章なら、
「はやくはながさくといいな。たのしみにまっているよ。」の部分に
一字一字に丁寧に〇をつけてくださっていて、
親にかいた文章ではあるけれど、今見ても、
「先生も見ましたよ。あなたのこの感情を書いているところがいいですね。」と
いう言葉が感じ取れる。

きっとそのときに書いていた連絡帳には、子ども・親・先生の3者間が
しっかりつながっているのが分かる。今だから分かる。

それから19年。

今の我が家の小1の子の初めての連絡帳はどうだろう。

日付
に(明日、日課表通り)・◎(変更なしの意)
し(宿題)・プリント1まい おんどく けいさんカード
わ(わすれもの)・◎(なしの意)
も(明日持ってくるもの)・◎(なしの意)
み(お家の人の認め)・◎(見ましたの意)

「おかあさん、あのね」はもうない。日記もない。
子どもからのメッセージもない。親がメッセージを書く欄もない。

それでも私は毎日先生あてに子どもの様子を書く。
先生も気を遣ってくださるのか毎日返信をくださる。
そして子どもにも毎日メッセージを書き始めた。
そうしたら、いつの間にか子どもも私あてに学校でのことを
報告するメッセージを書いてくれるようになった。

毎日、文章を書き続けることできっと書く力は伸びる。
毎日、誰かに文章で思いを伝えると、無視されずに必ずこたえてくれる誰かがいる。

思い返せば、私自身も小学生のときには毎日日記を書かなければならなかったと記憶している。
そして必ず先生からコメントをいただいていた。

忙しい。皆、忙しい。わかっているつもりだ。
でもそんな今だからこそ、この連絡帳が「書く」という側面からも、
「心」の側面からも本当に貴重なのだと感じている。

計算カード、漢字ドリルからは感性なんて育たないのだから。
落ち着いて今日一日の出来事を振り返ったり、
誰かにそれを自分の気持ちと共に文章に書くということは、大事なんじゃないか。

子どもたちが低学年の頃から、「無反応」や「ノーコメント」という無言のメッセージを
毎日無意識に受け取っているとしたら、その先にあるのは「自己肯定感」だろうか、
それとも「どうせ聞いてもらえない」だろうか。

たかが連絡帳、されど連絡帳、なのである。

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